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仙台高等裁判所秋田支部 昭和27年(ネ)144号 判決

被控訴人秋田県農業委員会が(一)訴外白川久太郎の訴願に係る昭和二十五年農地訴願第三三四号事件につき昭和二十六年三月二十八日附裁決書を以て為した「別紙目録記載第一号農地を控訴人に売渡すとの同二十三年農地訴願第八八号裁決を取消し、花岡町農業委員会は右農地の売渡計画の売渡相手方を訴願人(白川久太郎)と定めなければならない」旨の裁決並びに(二)訴外藤盛与作の訴願に係る昭和二十五年農地訴願第三三五号事件につき同二十六年三月二十八日附裁決書を以て為した「別紙目録記載第二号農地を現在の耕作者である控訴人に売渡すとの昭和二十三年農地訴願第八八号裁決を取消し、花岡町農業委員会は右農地の売渡計画の売渡相手方を訴願人(藤盛与作)と定めなければならない」旨の裁決はいずれも之を取消す。

被控訴人秋田県知事が(一)昭和二十六年五月十日附売渡通知書により右第一号農地につき白川久太郎を売渡の相手方として為した農地売渡処分及び(二)同日附売渡通知書により右第二号農地につき藤盛与作を売渡の相手方として為した農地売渡処分はいずれも之を取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は当審に於て次の通り夫々補充訂正した外原判決の摘示事実と同一であるからこれを引用する。

第一、控訴代理人の陳述

一、(一)(イ) 本件第一号田地の白川久太郎に対する一時賃貸借が合意解約により控訴人に返還されたのは昭和二十年十一月十四日であり白川はその代替地として控訴人所有の字二井山下二十六番、三十九番、三十六番の田地の内合計四反歩の引渡を受け、翌二十一年度から二十五年度迄白川は右代替地を耕作し、控訴人は第一号田地を耕作して来た。ところが二十六年度以降は秋田県の指示により白川が第一号地を耕作するに至つたものである。

(ロ) 第二号田地は昭和二十年十月初旬の合意解約により藤盛与作から控訴人に返還され、同時に藤盛は代替地として控訴人所有の字二井山下二十六番、三十九番、三十八番の一、二十七番、三十六番の田地の内合計四反二十五歩の引渡を受け、昭和二十一年度から二十五年度迄藤盛は右代替地を耕作し、控訴人は第二号地を耕作して来た。ところが前同様二十六年度以降は秋田県の指示により藤盛が第二号地を耕作するに至つたものである。

(二) 仮りに昭和二十年十一月二十四日の基準時以後に右(イ)(ロ)の代替地の引渡が行われたとしても、秋田県に於ては基準時には已に収穫も終了し翌年度の農耕期でもないのであるから解約の趣旨により翌年度から代替地を耕作するに何等の支障もなく然も数年に亘り解約の趣旨通り互に継続耕作して来た本件の如き場合には基準時の耕作者は翌年度からの耕作者であると言うべく従つて基準時に於ける第一、二号地の耕作者は控訴人で白川、藤盛は本件田地につき遡及買収申請の資格はないし遡及買収による売渡相手方ともなり得ない。

二、仮りに白川の申請による遡及買収であるとしても、

(一)  同人の申請は昭和二十三年二月十六日取下げ町農地委員会も買収しないことに確定したものであり、白川は取下により遡及買収請求権を抛棄したのであるから遡及買収請求の復活が出来るとしてなした同人の裁定申請は無効で当然却下さるべきである。然るにこれを有効とし同人を売渡相手方とする目的の下になされた買収手続は凡て違法である。

(二)  殊に第二号地は基準時の耕作者であるという藤盛からは遡及買収の申請も裁定申請もないのに、申請による遡及買収をしたのであるから買収手続は当時施行の同法施行令第四十三条、同法第六条の二の規定にも違背する。従つて本件二筆の田地に対する遡及買収は右何れの点からいつても違法であり、その違法性は当然売渡手続に承継せられるから売渡計画及び売渡処分は取消さるべきである。

三、なお遡及買収は憲法に違反するからこれを前提とする本件行政処分はこの点からも取消を免れない。

と述べ、被控訴人等の答弁に対し、

一、(一) 昭和二十一年度は手不足の為控訴人と別世帯の弟清五郎に手伝わせたもので同人に耕作させたのではない。

(二) 本件田地は職権買収であるとの訂正に異議を述べる、白川の申請による買収であるとの自白を援用する。

(イ)  白川が遡及買収の申請をした昭和二十二年十月一日当時は、自創法第六条の二乃至五の規定はなく(右改正規定は同年十二月二十六日施行)同法施行令第四十三条による申請遡及買収制度よりなかつたのである。

申請遡及買収と職権遡及買収とは条件も異なるし、第二号地につき白川の申請により遡及買収の審議をなし、買収計画を樹立したのであつて職権買収として審議し買収計画を樹立した事実はない。

(ロ)  控訴人は不在地主の所有地として買収し、これを控訴人に売渡すべきものとして買収に異議を述べなかつたので遡及買収を相当とし同意したのでない。

二、第二号地については自創法第十七条一号所定の県農業委員会の承認がなかつたと述べた。

第二、被控訴人等代理人の陳述

一、(一) 白川久太郎と藤盛与作が昭和二十一年から二十五年度迄夫々第一、二号地の代替地を耕作して来たことは争はないが、藤盛の受取つた代替地の地番は不明であり反別は三反五畝である。

(二) 第一号地は白川久太郎が代替地を貰うと同時、即ち昭和二十一年四月一日控訴人の妻イシに返還したものであるから、基準時に於ける第一号地の耕作者は白川である。尚本件田地の昭和二十一年度に於ける耕作者は控訴人と別世帯である控訴人の弟畠沢清五郎であり、二十二年から二十五年度迄は控訴人と弟清五郎とが共同耕作したものである。昭和二十六年度以降第一号地は白川、第二号地は藤盛が夫々耕作していることは認める。

二、(イ)控訴人はさきに本件田地の遡及買収自体に異議を申立てず買収を相当とし、これを自己に売渡すべしと主張したものである。(ロ)凡そ手続的規定に違反する瑕疵は一切の関係者に於て異議を述べず数年経過した本件の如き場合は責問権の抛棄により瑕疵は治癒されたと解すべきであるから、第二号地は基準時の耕作者でない白川の申請により買収したのは違法であるとの控訴人の主張は当らない。

三、(イ)なお自創法施行令第十七条第一項の改正により申請による遡及買収をした農地は申請人でない基準時の耕作者に売渡すことは差支ないことになつたものである。第二号地の売渡計画に於て売渡相手方を藤盛与作と定めるにつき形式的な県農業委員会の承認はなかつたが、異議訴願を経て藤盛を売渡相手方とすべき県農業委員会の裁決があつたのであるから更めて承認を得る必要がないと述べた(証拠省略)。

三、理  由

別紙目録記載の第一、二号田地は元控訴人家の所有自作地であつたが昭和十二年頃控訴人が引続き小作することを条件として同和鉱業株式会社(当時は株式会社藤田組)に売却し控訴人が継続して耕作して来たこと。昭和十五年控訴人は満洲国の戸籍事務指導の為単身渡満し、爾後妻イシが農耕に従事するに至つたこと。その後イシは第一号田地を白川久太郎、第二号田地を藤盛与作に耕作させたこと。昭和二十二年十月一日白川久太郎は第一、二号田地につき遡及買収の請求をなし、花岡町農地委員会は買収計画を樹立したが所有者同和鉱業株式会社から異議、訴願がなされ町農地委員会が第一、二号地を買収計画から除外したこと、しかるに白川は昭和二十三年四月七日町農地委員会に右田地買収につき裁定申請書なるものを提出し、同委員会は右申請後間もなく第一、二号地の再買収計画を樹立して買収し、その売渡計画に於て、売渡相手方を第一号地は白川、第二号地は藤盛としたこと、控訴人は右売渡計画に対し異議、訴願(昭和二十三年農地訴願第八八号)した結果、訴願が認容せられ昭和二十四年三月二日右田地二筆の売渡相手方を控訴人と変更すべき旨の被控訴人秋田県農業委員会の裁決があつたこと、白川、藤盛の両名は右裁決を不服とし裁決取消の行政訴訟を提起したが(秋田地方裁判所昭和二十四年(行)第一九号事件)敗訴し該判決が確定したこと、そこで花岡町農地委員会が昭和二十五年三月三日売渡計画中売渡相手方を第一、二号地共に控訴人と変更したところこの変更計画に対し同月八日白川は第一号地、藤盛は第二号地につき異議を申立て、異議却下決定に対し被控訴人県委員会に訴願し(昭和二十五年農地訴願第三三四号及び第三三五号)被控訴人県委員会は両名の訴願を認容して昭和二十六年三月二十八日先になした第八八号裁決を取消しこれと全く反対の主文第二項掲記の裁決をなし、被控訴人秋田県知事は右裁決に基く売渡相手方再度変更売渡計画により同年五月十日主文第三項記載の如く第一号地を白川に、第二号地を藤盛に夫々売渡処分をなした事実は当事者間に争がない。

よつて、先づ控訴人渡満後に於ける本件田地の耕作関係について判断する。

控訴人は(1)妻イシは本件田地を転貸する権限なくして白川、藤盛に転貸したものであるから同人等に対する転貸借は無効である。(2)仮りに控訴人に代りこれを転貸する権限があつて転貸したとしても、控訴人の渡満と昭和十七年娘昭子が肺浸潤を患いその看病との為手不足になつたので第一号田地は昭子が快方に向つた場合返還する約束で同年白川久太郎に一時転貸したものであり、又第二号田地はその頃花岡国民学校に農事指導地として無料で一時耕作させたが同十九年十月頃同校から返還され藤盛与作の一年でよいからとの懇請により昭子も全快に至らなかつた時なのでその懇請を容れ昭和二十年度一年間の約束で耕作させたもので一時転貸である。(3)第一号田地は昭和二十年十一月十四日合意解約により白川から返還を受け第二号田地は同年十月初旬同様合意解約により藤盛から返還を受け、翌昭和二十一年度から昭和二十五年度迄本件第一、二号地は控訴人が耕作し白川、藤盛も亦合意解約により貸与した代替地を昭和二十一年度から現在に至る迄何等支障なく耕作しているのである、従つて昭和二十年十一月二十三日の所謂基準時における耕作者は控訴人であると主張し、被控訴人等はこれを争うので按ずるに、証人畠沢イシ(原審及び当審)畠沢テツ、畠沢正一、渡辺永之助、白川徳次郎の各供述、控訴本人訊問の結果(原審及び当審)に成立に争なき甲第四号乃至第七号証の二、同第二十号証を綜合すると、(1)控訴人は満五年の予定で昭和十五年八月単身渡満し翌十六年から十八年迄毎年二ケ月前後帰省はしていたけれども控訴人渡満後農耕は勿論一切の後事は妻イシが控訴人に代り処理していたもので、農耕地転貸についても控訴人から委されていてこれを転貸する権限があつたこと、(2)控訴人渡満後妻イシは農耕に精進していたが控訴人不在の為手不足で一町数反歩耕作していた農地も逐次他人に耕作せしめ、昭和十七年娘昭子が肺浸潤を患つてからは親戚を頼つて大館に赴き治療看病するの已むなきに至り、愈々手不足となつたので、同年第一号田地を白川久太郎に転貸耕作させることにしたのであるがその際右事情を告げ、同地は従来からの耕作地でもあり、昭子が快方に向つたら返地して貰う約束であつたこと、第二号田地も同十八年花岡国民学校の農事指導地として貸与されたいとの申込により手不足でもあり控訴人が帰国する迄との約束で同校に一時無料で貸与したが都合により昭和十九年返還されたところ、藤盛与作から翌年一ケ年だけでよいから耕作させてくれと申込まれ、昭子は快方に向つては来たが未だ全快に至らなかつたので、翌二十年度一ケ年だけ耕作させる約束で同人に転貸したこと。従つて第一、二号地の白川、藤盛に対する転貸借は控訴人の渡満、娘昭子の疾病に基因する手不足による一時転貸借であつたこと。(3)(イ)控訴人渡満後戦争は次第に苛烈の度を加え、昭和十九年からは控訴人よりの送金も絶え所謂「売り食い」の生活をしなければならなくなり、妻イシは農耕に頼る以外に家族の生活を維持する途がなくなつたので、白川に対し昭和十九年から右の事情を話し、娘も快方に向つて来たので第一号地を返還されたいと再三申入れたが、白川がもう一ケ年だけと懇請するので已むなく翌二十年度の耕作終了後に返還を受けることにし、その収穫終了後の昭和二十年十一月十三、四日頃花岡町農業会長畠沢藤太郎の斡旋で控訴人所有の田地を代替地として翌昭和二十一年度から貸与耕作させることにし第一号田地の転貸借は双方合意の上適法に解約し白川はこれをイシに返還したこと、第二号田地も亦同様控訴人主張の如き代替地を翌年度から貸与耕作させることにして、昭和二十年十月中旬適法に合意解約して藤盛から返還を受けたもので両地共強制的に取上げたものでないこと。(ロ)右解約後同年十二月イシは親戚の畠沢甚助に第一号地への堆肥運搬方を依頼し、その後甚助の妻が堆肥を運搬したところ、これを見た白川はイシが甚助に貸与する為第一号田地を取上げたと曲解し、翌二十一年三月二日、第一号田地は未だ返還していないものとして控訴人を相手方とし小作継続の調停申立をなし、その結果、白川松三が仲介し同年三月三十日先の合意解約成立直後取極めた代替地を控訴人が当審で主張するその所有田地合計四反歩に変更して白川は調停を取下げ、昭和二十一年度から本件売渡処分のあつた前年の昭和二十五年度迄五ケ年間に亘り第一、二号地は控訴人の妻イシ及び控訴人が手不足の時には控訴人の実弟畠沢清五郎等に手伝つて貰い、これを継続耕作し、他方白川、藤盛の両名も亦其の間何等支障なく前記代替地を継続耕作して来たことが認定出来る、右認定に反する乙第一、二、三号証、同第五号証、同第七乃至第十二号証の二、同第十七号証、第一号証の一、二、同第七号証の一の各記載部分及び証人藤盛与作、白川久太郎、畠沢テツ、白川松三等の各供述部分は採用しない、他に右認定を覆えすに足りる確証がない。

そして本件田地の在る北秋田郡地方では十一月中旬以降は収穫も終了し降雪後翌年度の堆肥を運搬する以外農耕地に於ける作業のないことは当裁判所に顕著な事実であり、この事実と右各証拠及び弁論の全趣旨による第一、二号地につき控訴人と白川並びに藤盛間の合意成立後白川、藤盛は第一、二号地で農耕に関する作業をしなかつたことが認められると共に、二十一年度から何等支障なく代替地を耕作したことは前段認定の通りであるから仮りに代替地の引渡が被控訴人等主張のように基準時以後の昭和二十一年三月又は四月一日に行われたとしても第一、二号地の基準時に於ける耕作の業務を営む者は控訴人であると解するのが相当である。

次に白川、藤盛の第八八号裁決取消の行政訴訟事件は同人等敗訴の判決が確定したから右裁決は確定し、裁決庁たる被控訴人県委員会は自らその効力を左右し得ないとの控訴人の主張につき按ずるに、成立に争のない乙第七号証(判決正本)によると右敗訴判決は白川、藤盛の両名は第八八号裁決により直接権利を侵害されたものでないから、その取消を求めるにつき訴の利益がないとの理由で請求棄却となつたもので、裁決が違法であるか否かという本案の理由によるものではないから敗訴の確定判決があつたということだけから直ちに裁決が判決により確定し、裁決庁たる被控訴人県委員会は常に右裁決に覊束せられこれと異なる行政処分は一切なし得ないということにはならない。

然しながら被控訴人県委員会のなした第八八号裁決は花岡町農地委員会が樹立した第一、二号田地の売渡計画につき控訴人が異議を申立て、その却下決定に対し控訴人からなされた訴願につき審議した結果、売渡相手方が白川、藤盛であるのを控訴人に変更するとの請求を認容し売渡計画の一部変更を審決したものであつて、成立に争のない乙第三乃至第六号証によると、被控訴人県委員会は控訴人の主張事実と花岡町農地委員会の訴願は理由がないとの弁明につき再三調査審議した上、(イ)控訴人が渡満後娘も病気となり手不足となつたので控訴人の妻イシが昭和十七年第一号地を白川に、更に昭和二十年第二号地を藤盛に夫々一時賃貸したこと、(ロ)昭和二十年十月当事者の合意解約により第一、二号地は控訴人に返還されたものであること等を認め、白川、藤盛は昭和二十年十一月二十四日の基準時に於ける耕作者であるとして同人等を売渡相手方とするのは失当であり、現耕作者の控訴人に売渡すべきであるとの理由により控訴人の訴願を正当として認容したのである。ところがこれを取消して第一号地の売渡相手方は白川、第二号地の売渡相手方は藤盛と定めなければならないと審決した第三三四号及び第三三五号裁決は右乙第六号証及び成立に争なき甲第一号証の一、二によると先の第八八号裁決に際し、(イ)本件田地は一時賃貸借であり(ロ)合意解約により基準時以前に控訴人に返還されたので基準時に於ける耕作者は白川、藤盛でないと認定したのは調査不充分の為事実を誤認したもので一時賃貸借ではないし、第一号地は基準時後の昭和二十一年三月返地され、第二号地は昭和二十一年春控訴人の一方的意思により取上げられたもので、基準時に於ける耕作者は白川、藤盛であるとし遡及買収した本件田地の売渡相手方を控訴人とした第八八号裁決は取消し基準時の耕作者たる右両名を売渡相手方とすべきであるというのである。

ところで裁決は行政処分ではあるけれどもその実質は法律上の争訟の裁判であるから他の行政処分と異なり、調査不十分の為事実誤認があつたという理由で裁決庁自らこれを取消すことは原則として許されないものであり、叙上の如き事由では前の第八八号裁決は取消し得ないと言うべく、且又本件田地の耕作関係は先に認定した通りであるから弁論の全趣旨に徴し、控訴人が買受申込をしたことは当事者間に争がない以上他に控訴人が売渡の相手方となり得ないという事由の認められない本件に於ては買収が遡及買収であつたと否とに拘らず売渡計画は控訴人を売渡の相手方とすべきであり且つ第八八号裁決の理由となつている事実は誤りではないのであるから第三三四号、第三三五号裁決は何れの点からするも違法であるし、右裁決により再度売渡相手方を白川、藤盛の両名に変更した売渡計画による被控訴人県知事のなした主文第三項掲記の売渡処分も亦売渡を受ける第一順位の資格者たる控訴人に売渡しない違法があり、従つて右再度一部変更売渡計画及びこれによる売渡処分は他の争点に関する判断を俟つ迄もなく取消を免れない。それ故控訴人の本訴請求は全部正当として認容すべく、これを棄却した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十三条により主文の通り判決する。

(裁判官 西田賢次郎 浜辺信義 長谷川信)

(目録省略)

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